アラフォーでニートになりました。

アラフォーで会社を辞めさせられ、未来が見えないニートが奮闘したりしなかったりするブログです。

宝くじが当たらないくらいなら、事故に遭って死にたい。

バレンタインジャンボの発売期間が明日までですね。

年々購入者が減り、売り出す側も手を変え品を変え…

名前を変え…と色んな創意工夫を凝らしているようですが、まあ多分買わない人・買わなくなった人の根本的な気持ちとかが分かっていない気がするので、まあ今後も減っていくのだろうなとなんとなく予測しています。

 それでも買った宝くじ

私はここ何年か、ジャンボだけは買っていました。

ジャンボの種類と懐具合によって、バラ10枚だったり、バラと連番を10枚ずつだったり、バラ20枚連番10枚だったりでしたが、当せん(宝くじの公式では当選でなくこう書く)した最高額は3000円です。

 

まあ、そんなもんよね。

ただ今回は、しばらく習慣になっていた西銀座のあのお店で買うのはやめて、地元の家から西側にある、そこそこ規模のありそうな売り場で買ってきました。

つい昨日のことなんですが…

数日前にとある別の切欠でGoogle先生にお世話になっている時、昨日が大安と一粒万倍日が重なっている日だと知ったもので、思わず。

 

私が今回上京を諦めたのは、近いうちに上京する用があり、その準備などもあって時間を取れないこと(ニートなのに)や、その一往復分の移動費を捻出するのが厳しかったという理由があります。

所用で上京する期間がジャンボの販売期間に間に合えばよかったんですけどね…

まあ、そういうタイミングだったので仕方がないです。

 

ですが、西銀座のあの売り場で宝くじを代理購入してくれるサービスもあるそうです。

こういうのを利用すれば、遠方でも現地に行かずに聖地の宝くじを買えるのですね。

それだけの余裕がある人にはとても有り難いサービスです。

 

あとね、ここだけの話…

金運のなさそうな人に代わりに買ってきて貰うと、当たり易いらしいんですよ…

私の周りにはそういう頼めそうな人はいないし、ちょっとイヤなやり方だなと思うのでやらないですけど、人の心を損なってでも当せんしたい!という人にはいいのかもね。

と思いました。

超すごい強風が立ちはだかった

話は戻りまして、昨日の宝くじ行軍に戻ります。

山の裾野の田舎では、今時分は山肌から吹き下ろす風が厳しい日もあり、斜め前からの「台風かこれ?」みたいな浴びせ掛けられるような強風に揉まれながら自転車を漕いでいったのです。

…お陰で30分で着くところに50分くらい掛かってしまったのですが、まあ許容範囲です。

 

無事購入したり、その辺りにある美味しいごはん屋さんでお昼を食べたり、ダイソーで今年の桜のグッズを調達したりして帰りました。

帰りは強風もちょっと弱まってまして、それでも追い風で楽ちん。

所持金は減りましたが、運動にもなってリフレッシュ出来た気がします。

なぜ宝くじを買うのか

そりゃ、一山当てたいからに決まってるでしょう。

高額当せんが出れば、人生が変わります。

実際のところ、億単位の当せんがなければ一生左団扇とはいきませんが、ある程度の纏まったお金が手に入れば、何かの足しにはなるのです。

(元手に何かを始めるという計画だって立てられるかも知れない)

 

しかし、そういう話をしていると、必ず出てくるのが数字やら確率やらなにやらを持ち出してきて、当たるなんて有り得ないと言う声の大きい人たちがいます。

中には若者に宝くじを買うなと滔々とブログで説く人も…しかも、年末ジャンボの販売が終わって10日近く経ってから。

いや…買うなって言ったってもう期間終わってるじゃん…と静かに侘しい思いをしまい込んだ当時の私でした。

まあ、それは置いておいても、確率だの期待値だのと言い立てられても「そうじゃねぇんだよなぁ…」と思うくらいです。

夢を買うと一般的によく言われますが、宝くじを買う人ってそれだけじゃない。

勿論、公共のものに使われるというお花畑な考えでもなく。

 

特にジャンボってのはさ…

祭りなんだよ。

年に数度の大きなイベントなの。

 

だから発売日になると、毎回徹夜上等で一番乗りを狙うおっちゃんとか出てくるし、年末ジャンボともなると西銀座のあそこの広場を埋め尽くして歩道にまで列ができるくらい並ぶ訳。

去年の年末ジャンボの発売日、私はたまたまその辺りの日に上京する用事があったので、まだ余裕のある広場に腰掛けて長蛇の列を眺めてました。

一昨年行った時は夕方で、広場に入る隙間もないくらい列ってましたが、朝はまだ余裕があるんだなと思いつつ。

それでも1番窓口(真)は1時間半くらい待ったけど。

それくらいなら他所の待機列とかでも何度か体験しているので、まあ耐え得るといえばそうなんですが、3時間とか4時間とか言われたら流石に諦めます。

(というか、夕方ものすごい列ってた時は閉店時間までに間に合うかどうかで、整理の人が調整してるくらいだった)

 

まあ、大変ですよ。

さりとて人は並ぶんだなぁ。

そんなにまでして、当たるかどうか分からない紙っぺらの確率を、少しでも上げようとするんですよ。

こういう開運グッズとかも、売れ売れになってしまう訳ですね。

風水なんかも取り入れられたりして、家の一部がイエローカラーになったりしてね…

 

あれはもう、巡礼だね。

長時間並ぶことを諦めた人から脱落していく、厳しい修練なんだよ。

でもそれに打ち勝って、ゲン担ぎした1番売り場で宝くじを買ったとしても、その誰もが当たるとは限らない。

(チャンセンの人は言わないけど、他の窓口から当せんが出たこともあるんじゃないかなぁ)

※チャンセン=チャンスセンター

 

しかも、あれだけ並んでも一等がひとり出れば儲けものくらいな感じなんだよ、チャンセンの人もね。

だって年末ジャンボは、他のジャンボの当選確率の半分しか当たる可能性がないんだもの。

(1ユニット当たりの枚数が2倍になっているので、通常1/1000万のところを倍増サービスで1/2000万になっております)

並んでいる人全員が、それを知っているかどうかは分からないけれど。

まあどうあれ、いくら計算しても馬鹿げてることには変わりないからね。

真に買うぞって意思を持って並んでいる人にとっては、数字も確率もうんたらかんたらもさして重要じゃないのですよ…

その場所で宝くじを買うということに、自分の生涯過ごす時間のうちの一部を捧げ、色んなものを懸けている訳ですから。

 

説得とか説教とか、無駄無駄。

それすら時間の無駄です。

あなたの時間、そんなことに使わずにもっと大切なことに使ってください。

って思っちゃいますね。

まあポジショントークとかだったら、好きにやってくださいと思うけど…

宝くじが当たらないのなら…

若者に宝くじを買うなという営業妨害か?みたいな記事に書かれていたのですが、「宝くじを買いに行って交通事故に遭ってしまう確率の方がよっぽど高い」って書かれていたんですよね。

ほう…?と思ったのですが、これってちゃんと計算して出した訳じゃないんでしょう。

数学は得意ではないので、検証は出来ませんが。

計算ごとは苦手でね。

単に交通事故の確率より、1等の当せん確率の方が低いってことしか見てなくない?と思わざるを得ないんですよね、数字が苦手な私から見ても。

 

むしろ宝くじ当たらないなら、事故って死にたいわ。

 

なんと言いますか、もうそれくらい失意がパない状態なので、もう苦しい思いをするのは御免だし、いっそ召されて欲しいと思うんですよ。

今後どうにかして収入を得ていく方法を手に出来ても、必ずそこには他人が介在します。

そして、誰が自分に害を及ぼす人間かなんて、一見分からない。

それで消耗したり病んだり、また潰れてしまうのはもう嫌なんですよね。

自分で死ぬのも簡単じゃないし…(※過去に何回か失敗しています)

自分で何もしていないのにあてにするなとか、決めつけるのはよくないです

私もね、特段ここに書いたり人に言ったりはしないけれど、色々考えたり「これは出来ないだろうか」と思って調べたり試みてみたことはあるんですよ。

でも、最初に出来るかもと思っていたことでも、ちゃんとやろうとすると予想以上に困難だということばかりで…

本当に嫌になりますね。

求人だって、賃金に見合わない資格や職務経験など高いハードルを要求してきて、求人票からブラックかよというものを沢山見たらどうしようもなくなります。

以前新しい仕事に就くまでも、沢山面接して沢山落とされて。

でもね、私の職歴を鼻で笑った某PCデポは数年後あんなことになりましたね。

その後採用して貰えた会社には、体験入社で実際働いてみたらすごく評価して貰えて逆に驚いたくらい、面接の担当って軒並み見る目がないんだなって思ったくらいでした。

まあその会社も上司がダメだったりお局様が密かにのさばったりして、中がダメになってしまったら部下も潰れるんだなとしか言えなくなりましたが…

 

どうにもならない状況を一発逆転で全て覆せるのなら、1/1000万だろうが1/1兆だろうが紙っぺらを買いに行く気になるのは止められない訳ですね。

だってほんの毛先ほどでもそこに希望があるなら、求めたくなるじゃないですか。

もし私が高額当せんしたとすれば、死にたいと思っている問題の2/3くらいは解決します。

(残りはメンタル的なこともあるので、治療や改善に使えるお金があればそれに越したことはないですが、絶対とは言い切れない部分です)

何も取柄がなくとも生きていていい、あなたは素晴らしいと言う人もいるけれど、だからといって職を失っても安心して生きていけるだけのお金をくれる人はいません。

そういうものなんですよ。

マッチ一本擦って小さな火の中に見る幻よりもずっと、現実の他人は冷たく感じる時もある。

 

ひとつだけ宝くじを買わなくなる可能性があるとすれば…

物理的にお金がなくなった時だけでしょう。

まあ、そうなったら生きてもいられないと思いますが…

ちょっとでも展望が開けないのなら、もう当せんするか死ぬかの2択しかない訳で。

 

 

そういう人間を馬鹿だと笑うのも憐れむのも自由だけど、同時にそういう姿を見た第三者に笑われたり呆れられたりすることも、また然りなのですね。

何かを広く発するということは、そういう側面もあるのですから。

幸せはお金で買えないから…何?

「幸せはお金では買えない」とか言うけれど、実際問題お金がないと生きていけない世の中です。

そして世の中の大体のことは、出せるお金があれば解決します。

生活のクオリティも、精神的な面でも、お金がない状態から見たら雲泥の差になります。

お金がない、ただそういう思考になるだけでも、頭の巡りは滞り病んでいきます。

そこに付け込もうとする輩も沢山いて、心底嫌になる。

また同じような苦しみを抱えた人が、騙されて更に搾り取られているのを見るのは辛いですね…

精神的にも限界の場所でなんとか息はしているけれど、どうにもならない絶望感は感じた人にしか分からないのでしょう。

 

それでも思うのです。

今、お金がないことに苦しんでいる人たちが、自分も含めてそこから解放されますようにと。

金の招き猫