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死にたい、死を望んでいる人の心の中について

樹海を前にした自殺志願者

前に書いた記事

ar40neet.hatenablog.com

 にも関連するのですが、「死にたい」と思っている人の心の中はどうなっているのか、自分にも覚えのある事なので少しお話しようと思います。

 

「死にたい」にも色々ある

悲しみのイメージ

明確に死ぬことを考えている「自殺願望」

自殺願望 … 自ら命を絶ちたいと考えること。自死を望むこと。→希死念慮

コトバンク・自殺願望より)

自殺願望とは、直面している問題などから逃れる為に自ら死を望んでいるということです。

多くの場合、その問題は曽爾時点での自力(あるいは多少の周囲の助けがあっても)解決が困難で、観念的に死を迫られている、切羽詰まった精神状態であることが殆どでしょう。

そして、より分かり易く言えば「死にたい」というよりは「今の状態ではこれ以上生きていられない・もう死ぬしかない」という精神状態である場合も多いのではないのでしょうか?

余程変わった人でもなければ、誰しも好き好んで死にたいなんて思わないものです。

漠然と死を願っている「希死念慮」

希死念慮 … 死にたいと願うこと。

[補説]自殺願望と同義ともされるが、疾病や人間関係などの解決しがたい問題から逃れるために死を選択しようとする状態を「自殺願望」、具体的な理由はないが漠然と死を願う状態を「希死念慮」と使い分けることがある。

コトバンク・希死念慮より)

漠然と、なんとなく「死にたいな」と思っている・感じている状態を指します。

憂鬱な気分が長く続いていたり、慢性的なストレスに晒され続けていたり、仕事や勉強などで疲れ切っていたり…自殺願望と呼べる程強い望みではないですが、漠然と「死んだらこの状態から逃れられるのでは・楽になれるのでは」という思いを抱いたり、死んだ後のことにほのかに憧れや今は持てない展望を見ている場合もあるでしょう。

本当は「死にたい」のではなく「生きたい」から発露する感情

勘違いをしている人は「死にたい奴は死ねばいい」なんて言ったりもするでしょうが、実情を知ればそれが誤解であることを理解できるでしょう。

死にたいと思うのは、その人が正常な状態で生きることが困難になっている場合が殆どです。

健康で食うにも困らず、活力をもって暮らしていけるなら、死にたいなんて思わなくていい人たちばかりでしょう。

自殺の多くの原因が健康問題であることは、冒頭の記事でも紹介した自殺対策白書の統計でも出ています。

それ以外の原因は、男女でも差はあり経済問題や仕事・家庭問題などバラけていく。

大方の場合、死は直面している問題を断絶する手段にはなり得ても、解決する方法にはなりません。

自分が死んだら保険金で家族が助かるとか、そういう特殊な場合でもない限り、その人が死んで解決する事はないと思います。

そういう意味では「死にたい」ではなく「死ぬしかない」という状況で死を選ぶ人も、少ない割合ながら存在するのかも知れません。

 

死は勢いとタイミング

冒頭のエントリー内でも紹介した、東京経済オンラインの記事で、コメントに印象的だった・感銘を受けたものがあったので、引用させて頂きます。

冷静に考えれば、誰も別に好きで死を選んでいる人はいないでしょう。

 

ただ、「会社に行きたくない」と思ったとき、通勤途上において一番「衝動的に死ねる」環境が、電車のホームであるからというのが原因の一つであるように思います(私の主観です)。

 

「生きるのを諦めないで」とは非常に的確な言葉です。だからこそ、「死んで良いことはなにもない」と教え諭すのは、自殺に対して無理解であるように思うのです。

 

駅のホームで線路に吸い寄せられるとき、頭の中にあるのは「これで会社に行かなくていい」あるいは「これですべて終われる」という「良いこと」だけです。

それくらいしか考えられなくなっているからです。これ以上ないくらい合理的です。

 

衝動的に自殺してしまう人は、とにかく頑張って頑張って頑張って疲れ切った人たちなのです。

自殺者に対して、合理的な考えで教え諭すのはナンセンスだと思いますよ。

頑張りすぎて疲れ果てている人は、思考能力も低下しています。

目の前に格好の手段がある、そこへ一直線だ!となっている精神状態の人には、周りのことは見えないでしょう。

 

鉄道自殺する人は他人の迷惑になるかどうか考えていないのではないか。むしろ今まで他人の評価を気にし続けてしまったような人なのでは?
他人にどう思われようと、生きていてほしい。ばっくれたっていいんだよ。疲れたんでしょ?私も疲れました。

 周りの事を気にしているからこそ、疲労感や絶望感が募ることもあるのです。

そして、結局はもう何も気にせず、考えずに済むところを目指してしまうのかも知れません。

 

躁鬱病の主人が、言うには、
飛び込みに行くにも、晴れてる方が良いと。家族の事は考えないのか?と、聞くと、死ねる!と、それしか、考えてないから。と。
正常な人には理解出来ない心理。

 これ以上なくシンプルで分かり易い心境ですね。

晴れ晴れとした日に心の中にも光が差した気分で、スキップでもしたくなりそうな気分なのでしょうね。

平常な心を保てている人から見れば、本当に理解できない状態なのでしょうが…

 

今の自分には日曜日の夜から月曜日の朝にかけて自殺する人の気持ちが痛いほどよくかる。
確かに、辛いことや苦しいことがあるとお先真っ暗に思えてくる。
しかし、自殺を選択し、実行する勇気のある人がこんなにいたなんて驚きだ。
いや、車両に飛び込むことはほとんど衝動的な思いなのかもしれない。

 理性的に死を望んでいる人は、逆に色々考えてしまって踏み切れないものです。

死ぬって「死にたい」と思っている人にも怖い事なんですよ。

だって本当は「生きたい」のだし、これ以上苦しい思いはしたくないし、死んでまで他人に迷惑を掛けたくない…

色々と考えてしまうのです。

自殺に踏み切った方はそういうものを振り切って万感の状態で挑むか、衝動的に勢いでやってしまうか、というパターンくらいしか思いつかないです。

 

自殺する人に対して「よそでやってくれ」とか「迷惑かけるな」とか、人格もだけど知能を疑う。

だって、そんな言葉が響くわけがないし、言われたとしたら「むしろやってやる」のが人間の感情だよ。怒りを表明したいからそういう言葉を言うんだろうけど、自殺者の方がもっと怒ってる。もちろん、その怒りが正しいかどうかなんて主観の話は無意味だよ。

鉄道自殺は社会へのメッセージだと思う。
聞き入れるなら、よりよい社会を作る運動に協力すればいい。
聞き入れないなら、無視してもいい。一般市民にどうこうできる規模の問題ではないと思うし、そんな余裕も無くて当然。ただ、「よそでやっれくれ」みたいなことをわざわざ言うのは止めてほしい。言った通り、その言葉が状況をさらに悪化させる。それこそ、聞き入れて動いてる人の迷惑になる。だから、ただ無視すればいい。

 「むしろやってやる」、確かにそうかも知れません。

理性が残っていても踏み切れる人は、それくらいの意気がないと実行できない。

死にたいと思っている人を助ける事の難しさも、示唆されています。

世の中がよくなり、生きにくい人が減れば確かに自殺者は減るでしょうが、実際はどうやっていい世の中にしていくのか。

自殺大国日本で、果たしてそれが叶うのか…

 

だからどうしたいの?多発する時間帯は電車の運行を止めればいい?
ホームドアなんて生ぬるい。踏切も塞いで線路全体を頑丈なシールドで覆えばいい。
そんな法外なお金があるなら自殺志願者にくれてやれば防げるんじゃない?

 ぶっちゃけているけれど、一理あります。

お金がなくて困窮している人、借金苦で首が回らない人など、経済的な事情で死を考えなければならない人には、ある程度のまとまったお金はまさに特効薬ですから。

まあ実際「1000万円あげるから死なないで」みたいな行動が出来る人もそうそういないでしょうし、あまり現実的ではないんですが。

 

自殺を実行して死ぬのは「死ぬべきタイミングだった」というのが妥当なのかも知れない、という思えるケースもあったりします。

どれだけ死ぬつもりで行動しても、(私のように)死ねなかった、失敗した人間も少なくない訳で…

強く死ぬことを望んでいなくてもなんとなく生きる気力がないな~、レベルの人がホームに電車が来た時に思わずふらふら飛び込んでしまうケースもあるんですよね。

まるで何かに呼ばれたかのように。

 

自殺をやめさせるにはどうしたらいいか

屋上のフェンス

ここまで読んで下さった方はお分りかと思いますが、これは単純だけれど解決が難しい事が多い問題です。

目の前に死のうとしている人がいるなら、物理的に止めることは出来るでしょう。

でも、それは根本的な解決には繋がらない。

例え一時的に命を救ったとして、助けた人が死を望んでいる人のその後の人生を負っていける訳ではないでしょう(一部そういった奇特な方もいるかも知れませんが)

当人の精神が死の間際にまで追い詰められている原因は人それぞれで、解決できるかも状況によりけりです。

 

人間として、健やかに幸福に生きられないのであれば、ただ死んでいないだけ、息をしているだけ、心臓が動いているだけとしか思えない人もいるでしょう。

確かに人の命は尊いですが、その人の人間としての尊厳を奪ってまで生かすということが本当に正しいのか、自殺願望を持つ人でなくとも一度考えてみた方がいいのではないでしょうか。

 

「死にたい」と思うことに関しては、こんな記事も書いています。

www.arafoneet.com

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少しでも参考になることや、死にたいくらい辛い思いをしている人にとって何か役立つことがありますように。

出来れば、そんな風に思わなくていい世の中になって欲しいものです。